〜バジャウ族インターン第1号〜

死ぬまで地球で悪ふざけ。

おばあちゃんが死んで嬉しい。

大好きなおばあちゃんが死んだ。

 

父方の祖母、87歳。おれの家の隣ででっかい家に住んでるおばあちゃん。

 

小さい時はよく遊んでもらって、家に行くと山盛りのご飯を食べさせてくれたおばあちゃん。

 

俺が大きくなってからもたまに顔を見せに行ったり一緒にご飯を食べると多すぎるお小遣いをくれたおばあちゃん。

 

そんなおばあちゃんが日に日に細くなっていく事に驚くことや悲しくなることもしばしばあった。

 

そんなおばあちゃんがつい最近死んだ。

 

亡くなってからはすぐにお通夜やお葬式のために親戚が集まり、一通りの事が終わりほんの数日で普段通りの日常に戻った。

 

まだやる事はいっぱいあると思うけど、知識がない俺の目から見るとやるべき事はほとんど片付いた気がする。

 

お葬式では親や叔母さん、いとこが悲しくて涙を流しながら御経を聞いたり献花したりしていた。

 

その中で特に涙を流すこともなく、スムーズに一連の葬儀を終えた自分がいた。自分でも驚くほど穏やかな心持ちで数日間を過ごした。

 

その理由はスーツの着心地が悪かったからでも、

甥っ子姪っ子が読経の途中にうるさかったからでも、

お葬式が始まる4時間も前に集合をかけた父親にイラついていたからでもない。

 

おばあちゃんが死んで嬉しかった。

 

悲しくなっかたのか?

そんな訳がない。

子供の時に比べて会う事は減っても大好きなおばあちゃんには変わりなかったし何を喋ればいいかわからなくても一緒にいる時間は大切に感じてた。

 

嬉しいから悲しくないとか、悲しいから嬉しくないとかじゃない。

 

嬉しかった理由は、最近のおばあちゃんがずっとしんどそうだったから。

 

最近のおばあちゃんは見た事ないくらい痩せてたし1日のほとんどをベッドの上で過ごす生活をしてた。

 

食もどんどん細くなっていって最後に一緒にご飯を食べた時も椅子に座って一口鶏肉を食べてまたすぐにベッドで寝ていた。

 

寝転んでばっかりだと筋肉や骨が固まって動けなくなるから少しだけ歩く練習をさせよう

出来るだけ栄養のあるものを食べさせよう、

食欲がないなら栄養のあるおかゆを飲まそう。

 

87年も生きて色々な事を楽しんだであろうおばあちゃんがまだ無理して健康になる事を望んでたか?と考えると、俺は望んでなかったんじゃないかと思う。

 

自分の中の一つの考え方として、充分に生きた人に対する

 

長生きさせよう!

 

とか

 

もっと元気に!!

 

みたいな考えは寿命が余ってる側の人間のわがままであり、現世に残される側の利己的な考えのような気がして好きじゃない。

 

だから、辛さから解放され、楽になれたから、これで良かったと思う。

 

だから、おばあちゃんが死んで嬉しい。

 

人は誰でも死ぬし、霊的なものを信じるなら俺が死んだらまた会えるから。

多分その時には子供の時に見た元気なおばあちゃんの姿で会えるから。

 

 

その時まではまだまだ馬鹿みたいに生きていこう。

笑いながら上から見ててくれたらいいな。

 

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